宗教法人真言宗 豊山派 不動寺

米子不動尊本坊米子瀧山不動寺・真田家子孫のお寺|日本三大不動尊、上杉謙信公護持仏

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護摩の炎の向こうに上杉謙信公が護持した本尊不動明王の「安心なさい」と言った励ましが聞こえてくる・・・

 

真言宗豊山派 同行二人お大師さまとともに

 

真言宗豊山派仏教青年会

 

総本山長谷寺

 

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空海

 

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開山と歴史
 

当寺は、奈良時代の僧、行基によって開山された古刹であります。

現在、当寺奥之院の地に瀧澤山家原院如来寺を建立し、行基自ら大日如来を刻み、本尊として安置したことによります。

時代は移り、1559(永禄2)年4月、上杉謙信公が京に上洛した際、平安時代に嵯峨天皇の勅願を受けて鎮護国家のため、弘法大師(空海)が一刀三礼によって刻んだ不動明王を室町幕府13代将軍足利義輝公より関東管領職に就いた謙信公が、関東の庶民安寧のため拝領しました。この不動明王は、謙信公の護持仏となりました。

1561(永禄4)年9月、川中島第四次合戦の際、本陣に祀り、謙信公自ら戦勝祈願の護摩を厳修したと伝えられており、帰途の折、重臣柿崎景家、甘糟景持、直江実綱の手により、当寺の奥之院に不動明王を本尊として安置し、ここに寺号を米子瀧山威徳院不動寺と改め、現在に至っております。

※ご祈祷ご祈願受付、授与品(お札・お守)、御朱印など、全て、里堂にて承り、執り行っております。
奥之院では一切承っておりません。

 

弘法大師ご尊像

 

米子大瀑布と奥之院 不動寺開山の地 日本の瀧百選の地
 

当寺は、根子岳と四阿山(あづまやさん)をそれぞれの源流に、静寂な谷あいに轟音をたてて流れ落ちる御神体でもある不動瀧(85m:左下の写真右)と権現瀧(75m:左下の写真左)。不動瀧、権現瀧の二瀧の総称を「米子大瀑布」と言います。権現瀧が轟音とともに豪快に落ちる男性的なイメージに対し、不動瀧は柔らかなシルクの布を扇状に広げて幾重にも落としたような霧状の瀧。瀧のしぶきが舞い上がる様は昇龍のごとく、あるいは天女の羽衣にも見え、大自然の驚異の世界を目の当たりにできます。古来より不動瀧は別名「白龍の瀧」、権現瀧は別名「黒龍の瀧」、二つを総称して「双龍の瀧」と呼ばれています。修験者のあいだでは、不動瀧は単独で「大瀧」とも呼ばれています。
両瀧の間に建立されている奥之院の本堂(とび地境内)は千葉成田の不動尊、新潟菅谷の不動尊と並び日本三大不動尊の一つです。古くから全国に知られた熊野信仰・山岳修験道の聖地です。

 

奥の院
奥之院
米子大瀑布 不動瀧と権現瀧
米子大瀑布 不動瀧と権現瀧

当寺では「御瀧」自体を御神体として崇めております。
「不動瀧」・・・不動とは不動明王そのもののことです。
「権現瀧」・・・権現とは仏、菩薩が衆生救済のために神として、この世に化現することです。
不動瀧は古くから修験者の「みそぎの場」として知られ、夏には瀧に打たれる白衣の行者の姿も見られます。不動寺開山の地であり、心身を鍛える山岳修行の地です。

※瀧行(禊)を行う際は必ず当寺住職の許可を得て行ってください。

※瀧行(禊)をされる方は里堂・本坊に志納金をお納めください。

 

瀧行